ライノアカデミー 第1回
安全性を追求した新しい概念の内視鏡下副鼻腔手術(その1)
 現在の篩骨洞手術の概念とは?

図1

図2

 内視鏡を用いて副鼻腔を鼻内から開放する手術―内視鏡下副鼻腔手術Endoscopic Sinus Surgery(ESS)―は、機能保存に優れた低侵襲の手術として約20年前から普及してきました。篩骨洞手術におけるアプローチの違いにより、いくつかの術式が報告されています。その中で最も一般的なものが、Functional ESS(FESS)と呼ばれる手術です。この手術は、篩骨洞の第二基板(bulla lamella)を穿破して篩骨胞を開放し、その後方にある基板を前方から順に穿破してゆき、すべての蜂巣を開放する術式です(図1)。これとは逆に、後方から前方に向かって開放操作を進める術式、あるいは両者を併用した術式などがあります。いずれの術式においても、現在のESSにおける篩骨洞手術の概念は、蜂巣間の隔壁を除去して篩骨洞を単一の含気腔に作り直すというものです(図2)。
内視鏡の出現以前に行われていた鼻内篩骨洞根本手術とは、内視鏡を使う点、また篩骨洞周囲の壁を被う粘膜を可及的に保存する点などの違いがあります。しかし、蜂巣間の隔壁を順に穿破して単一の含気腔とする概念自体は、基本的には同一であると考えています。

 なぜ篩骨洞の手術はリスクが高いのか?
 ESSは、眼球運動障害や視力障害、また頭蓋内損傷などの手術合併症を伴うリスクがある、難しい手術とされています。実際に米国では、耳鼻咽喉科領域の手術において、最も訴訟件数の多い手術であると指摘されています。それらのESSに伴う合併症の大部分は、篩骨洞の手術において生じています。
この理由として、まず、術式のヴァリエーションが多く、篩骨洞の構造が複雑で理解しにくいことが挙げられます。次に、脳や眼窩といった危険な部位に隣接しているなど、解剖上の特徴を挙げることができます。しかしながら、根本的な問題点は、蜂巣間の隔壁を穿破して蜂巣を開放する、現在のESSの概念自体にあると私たちは考えています。その理由を、他の副鼻腔における手術と比較しながら考察したいと思います。

 眼窩に隣接している上顎洞の開放術においては、
眼窩合併症をきたす危険性がほとんどないのはなぜか?
 上顎洞の開放術は、その換気排泄路から開放操作を加え、上顎洞を開放します。その際、自然口また自然口を含む開窓部を、誤りなく指し示す指標を利用することができます。このため、開放操作を加える前に、これから開放される空洞が上顎洞であることを正確に把握することができます。そして、開放された副鼻腔のどこが眼窩と接しているかを、あらかじめ把握することができます。しかし、何よりも重要なことは、上顎洞が盲端であり、その周囲には開放すべき副鼻腔が存在しないことを認識していることです。したがって、開放された上顎洞の骨壁に対して穿破操作を加えることがありません。
 上顎洞よりもリスクが高いと考えられる、視神経や内頸動脈と接している蝶形骨洞についてはどうか?

図3

図4
 前方から順に篩骨蜂巣を開放するFESSにおいては、手術経験の有無にかかわらず、後方の副鼻腔が最後部の篩骨蜂巣であるのか、あるいは蝶形骨洞であるのかを把握することが容易ではありません。このため、蝶形骨洞の後方にある視神経を損傷する危険性と背中合わせの手術を余儀なくされます。この理由は、FESSにおける篩骨から蝶形骨洞への直線的なアプローチでは、いずれの蜂巣が開放されているのかを把握することが困難であるとともに、開放された蜂巣の位置(深さ)の把握が困難であるからです(図3)。
しかしながら、もし蝶形骨洞に篩骨洞を経由せずに直接鼻腔からアプローチするとしたら、蝶形骨洞も上顎洞同様、開放操作を加える前に、開放される副鼻腔が蝶形骨洞であることを把握することが可能です。そして蝶形骨洞は盲端であることを認識しているため、蝶形骨洞の骨壁に対して穿破操作を加えることはありません(図4)。このように、蝶形骨洞においても、これから開放しようとしている副鼻腔を盲端として認識できるアプローチを用いることにより、骨壁に穿破操作を加えることのない安全な手術を行うことが可能になるのです。

 篩骨洞においても、開放された蜂巣の骨壁に対して穿破操作を加えない手術をすることは可能か?
図5 図6

 個々の篩骨蜂巣に対しても、上顎洞や蝶形骨と同様に、穿破操作を加えずに開放することが可能です。その方法は、個々の蜂巣が鼻腔に開口している部位、すなわち蜂巣の発育起点を指し示す指標を用いること、そしてここから排泄路に沿ってアプローチすることです。これが、われわれがTargeted Endoscopic Sinus Surgery(TESS)と呼んでいる術式の基本概念です(図5,6)。このような手術を行うには、迷路と呼ばれる篩骨洞の複雑な構造について十分理解していることが不可欠です。
篩骨洞は構造が複雑なだけでなくヴァリエーションが多く、解剖を理解するのは他の副鼻腔に比べ容易ではありません。しかしながら、これを紐解くためにきわめて有用な“鍵”が存在します。それは、発達解剖学的な観点からその排泄路と発育様式を理解することです。次回からは、この発達解剖学的観点から見た篩骨解剖について解説してゆきます。

(文責:黄川田 徹)